HOME布引製作所のルーツ半年かけた工場の移転・新築

半年かけた工場の移転・新築

新社屋(昭和40年頃)

昭和30年代の始め頃、現在の国道43号線の工事計画(区画整理)が決定されます。西国街道、通称旧国道と呼ばれた当時の道路は、車1台が通れる程度の道幅でした。その旧国道を挟んで南北に事務所と小さな工場を構えていた布引製作所は、実質上の立ち退きとなり、約50m東の現在の場所へ移転することが決定。それに合わせて工場を新築することになり、昭和35年に完成しました。


ジャパックス製の
形彫放電加工機


事務所や工場の荷物をネコ車と呼ばれた一輪・二輪のリヤカーで運び、新規に開発した広幅一度抜きの大型プレス機も移設する傍ら、布引製作所の将来を担う、加工幅200mmのクリッパー送り装置付きストレートサイドプレス機2台の設計・製作を実行。実質的には半年ほどの期間をかけて移転を行ったのでした。また、新工場には当時関西で2台目といわれたジャパックス製の形彫放電加工機も導入。さらに生産性の向上が見込めるようになりました。